【Part 2】エディンバラの歴史: ハリーポッターの世界を紐解く
Happy Halloween!
本日10月31日はハロウィーンです。カボチャを掘ったり、魔女やお化けの仮装をしたり、「トリック・オア・トリート」と家を回ったりして楽しむ日ですが、ハロウィーンのルーツが古代ケルト文化にあることはご存知でしょうか。彼らの「pagan」的な収穫祭「サムハイン」では、かがり火を焚き、幽霊を追い払うために仮装をしたと言われています。現在のハロウィーンは、このケルトの影響を受けていると考えられています。
ハリーポッターシリーズにおいて、ハロウィーンは重要な意味を持つ日です。ハリーの両親の命日でもあり、ホグワーツではフィーストをはじめ、ハロウィーンにまつわる描写が多くなされています。ハロウィーンが作者J.Kローリングの想像力の世界にインスピレーションを与えたように、彼女の作品は歴史的な出来事や慣習に基づいているのです。
さて、前回の記事「エディンバラの魔法:ハリーポッター・スポットを紹介」では、ハリーポッタースポットを巡りながら、ハリーポッター生誕の街としてのエディンバラの魅力を探りました。今回は、ハリーポッターの映画制作やJ.K.ローリングの執筆にインスピレーションを与えた、歴史に彩られた街としてのエディンバラについて、2つのスポットを廻りながらさらに深く掘り下げてみましょう。
スコットランド国立博物館
最初にご紹介するのはスコットランド国立博物館です。スコットランド国立博物館は、ロイヤルマイルの南に位置し、前回の記事に登場した忠犬ボビー像から、徒歩1分のところにあります。この博物館もまた美しい歴史的な建物です。
スコットランドの歴史、文化、民族にまつわる美術品を数多く所蔵しており、エディンバラを訪れるなら必ず訪れたい場所です。世界初のクローン動物である羊ドリーの剥製が展示されていることでも有名です。他の多くの英国のミュージアムと同様、入場料は無料。しかし、ミュージアムの運営には莫大な費用がかかるので、施設に満足したら、サポートのためドネーションをお勧めします。
スコットランド国立博物館の歴史
スコットランド国立博物館の歴史は古く、1780年に発足したThe Society of Antiquaries of Scotlandまで遡ることができます。スコットランド啓蒙主義の精神を反映し、スコットランドの考古学上の品々を収集しました。この時期のスコットランドは啓蒙主義の絶頂期であり、人文学や科学の著しい発展の時代と位置付けられています。エディンバラは、スコットランド啓蒙主義の中心地として、デイビッド・ヒューム、アダム・スミス、ロバート・バーンズ、フランシス・ハッチソンなど、数多くの思想家や科学者を輩出しました。
啓蒙主義の特徴は百科事典の編纂です。18世紀半ばにエディンバラで編纂された「ブリタニカ百科事典」は、スコットランド啓蒙主義の集大成です。人やモノが世界的に絡み合うようになった近世(中世と近代の間の時代Early modern period)において、百科事典はあらゆる物事を分類し、体系的に理解しようとした努力を具現化したものです。
近世のヨーロッパにおけるこのような分類学の発展は、植物学や医学の理解を深めた一方で、人間の分類、すなわち「人種」という概念の形成や、恣意的・政治的な判断に基づく「人種」のヒエラルキーの誕生にもつながりました。この文化的に構築された「人種」という概念は、今日でも差別や偏見を正当化するために利用されています。
ミュージアムの存在もまた、この啓蒙主義的な思想を反映した施設です。あらゆる物品を収集し、一か所に集めて、説明をつけて、展示することは、百科事典のあり方と似ています。すべてのものを理解できた(できる)と思わずに、常に学ぼうとする姿勢が大切だということが、この事例から学びとれます。
ルイス島のチェス駒
スコットランド国立博物館で最も人気のある展示物のひとつが「ルイス島のチェス駒」です。映画「ハリーポッターと賢者の石」で実際に使われたチェス駒は、「ルイス島のチェス駒」のレプリカでした。
ルイス島のチェス駒は、12世紀後半から13世紀初頭にノルウェーのトロンヘイムで作られたと考えられており、1831年にスコットランドのルイス島で発見されました。セイウチの牙とマッコウクジラの歯で作られており、大きさは6〜10cm。発見されたチェス駒のうち11個が、スコットランド国立博物館で永久展示されています。残りの駒は大英博物館が所蔵しています。
チェスといえば黒と白のイメージが強いですが、ルイス島のチェス駒の発見によって、当時は赤と白で構成されていた可能性を示唆しています。というのも、一部の駒の科学的分析で水銀の痕跡が発見されたことから、硫化水銀で赤く着色されていた可能性があるからです。
映画「ハリーポッターと賢者の石」の中で、クリスマス休暇前にホグワーツの大広間でハリーとロンがチェスをするシーンがあります。ハリーがE5に送ったナイトを、ロンがE5に送ったクイーンがその玉座で破壊するのを見て、ハーマイオニーが「That's totally barbaric」と評する場面です。この非常に有名な「魔法使いのチェス」のシーンで使用されたのが、ルイス島のチェス駒のレプリカです。
Christmas Preparations at Hogwarts | Harry Potter and the Philosopher's Stone
ちなみに、このレプリカを所有していたのが、大英博物館のキュレーター、アーヴィン・フィンケル氏です。彼は幼い頃から、大英博物館にあるルイス島のチェス駒に魅了され、誕生日のプレゼントに頼んだりしてレプリカ駒を1ピースずつコツコツ集めていました。彼がすべての駒を揃え終わったのは、なんと博士学を取得した後だそうです。ハリーポッター映画制作チームが彼とコンタクトを取り、彼のコレクションを映画の撮影に使用しました。
アーヴィン・フィンケル氏のルイス島のチェス駒の秘話については、以下の大英博物館公式動画でチェックできます。
Irving Finkel and the Chamber of Lewis Chessmen I Curator's Corner S 2 Ep9 #CuratorsCorner
プリンセズ・ストリート・ガーデンズ
J.K.ローリングによってもたらされた想像力豊かなハリーポッターの世界は、実は実際の歴史上の出来事や神話に深く影響を受けています。賢者の石、ホウキ、バジリスク、ベゾワール石、ルーン文字、ニコラスフラメルなど、シリーズに登場するさまざまなものが、歴史や神話に根ざしています。
彼女の作品に重要な影響を与えたもののひとつが、魔女狩りの歴史です。このセクションでは、魔女狩りにまつわるエディンバラのスポット「プリンセズ・ストリート・ガーデンズ」を紹介します。
プリンセズ・ストリート・ガーデンズは、オールドタウンとニュータウンの間、プリンセズ・ストリート沿いにある緑豊かな公園で、スコットランド国立博物館から徒歩10分のところにあります。晴れた日にはピクニックをしたり、寝転んで日光浴をしたり、昼寝をしたりと、人々の憩いの場となっています。
スコット・モニュメント、バルモラル・ホテル、ロス・ファウンテン、セント・ジョンズ教会などの美しい建築物も公園内や公園沿いにあり、散歩するだけでも楽しめるようなスポットです。また、崖の上にそびえ立つエディンバラ城も、迫力のある構図で公園から眺めることができます。
憩いの場として人々に親しまれているプリンセズ・ストリート・ガーデンズですが、かつてこの場所が湖であり、魔女狩りの悲惨で暗い歴史を秘めていることはあまり知られていません。
プリンセズ・ストリート・ガーデンズができる前、そこはキャッスル・ロック(エディンバラ城が建っている火山栓)から現在のマーケット・ストリートのあたりまで続くThe North Lochと呼ばれる湖でした。この湖はエディンバラ城の堀として機能し、中世後期には住民を敵から守っていました。
この湖のもうひとつの役割は、あらゆる種類の排水の溜まり場でした。屠殺場やや家庭からの廃棄物、排水、排泄物がこの湖に流れ込み、非常に不快な悪臭を放っていました。当時のエディンバラは極めて不衛生な環境であり、その一因となっていたのが、エディンバラの悪名高い習慣「Gardyloo(ガーディルー)」です。下水道がなかった当時、家庭での排泄物はバケツに溜められていました。その処理方法として、家の窓から投げ捨てるという手段をとっていました。バケツの中身を投げ捨てる時にGardyloo!と呼びかけて、通行人に警告していたということです。。。
エディンバラ城とThe North Loch c.1690.
John Slezer, Theatrum Scotiae 1693.
不衛生な水が集まる湖The North Lochは、魔女狩りの歴史においても登場します。スコットランド啓蒙時代以前には、300人以上の人々が魔法使いや魔女の罪で裁かれたと推定されています。その罪を着せられた犠牲者は引きずられ、湖に投げ込まれました。投げ込まれて沈んだ場合は「魔法使い・魔女ではなかった」とされたが、水面に浮かんだ場合はやはり有罪だとみなされ火炙りにされたようです。いずれにせよ、彼らは死が確定されている残酷な仕打ちを受けたのです。
人口過密状態の解消と衛生的な居住地を求めた結果、オールドタウンから湖を挟んだ北側に新しい街の建設が始まり、そのプロセスの中で湖の水が抜かれました。その後、プリンセズストリートは、1830年から1876年にかけて、東から西へと段階的に開発されました。そして現在に至るまで、市民に愛される公園という地位を確立しました。
ハリーポッターシリーズに登場する「吟遊詩人ビードルの物語」の中で、アルバス・ダンブルドアがヨーロッパ中世の魔女狩りについて言及する場面があります。このことからも、J.K.は魔女狩りの歴史について学び、その知見を作品に生かしていたことを示しています。ハリーポッターの執筆中にエディンバラに身を置いた彼女が、その土地の歴史からインスピレーションを得たことは明白でしょう。
まとめ
本稿では、ハリーポッターにまつわるエディンバラの歴史を辿りました。探れば探るほど奥が深いエディンバラの歴史。過去があるからこそ今の魅力的なエディンバラがあり、奥行きのある唯一無二の場所になっているのです。
参考文献
History, National Museum of Scotland.
The Lewis chess pieces, National Museum of Scotland.
The Queen's Gambit: how the Lewis Chessmen won the world over, The British Museum.
Collection Search: The Lewis Chessmen, The British Museum.
Lost Edinburgh: The Nor' Loch, The Scotsman.
Heather Thomas. The Origins of Halloween Traditions, Library of Congress.
Hetta Howes, The real magic of Harry Potter: 15 details the wizarding world borrows from history.
John Slezer, Theatrum Scotiae 1693.
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